はじめに
永住許可の申請において、審査の中核をなす要件のひとつが「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」、いわゆる生計要件です。
会社員として給与を得ている方であれば、源泉徴収票や課税証明書などによって、収入の安定性を比較的シンプルに示すことができます。
しかし、自ら会社を経営し、法人から役員報酬を得ている外国人経営者の場合、審査の視点は給与所得者とは大きく異なります。個人の収入だけでなく、会社そのものの経営状況、決算内容、納税状況、社会保険の加入・納付状況までが総合的に確認されるためです。
さらに、令和8年(2026年)8月4日には、永住許可に関するガイドライン改定案が公表され、収入・年金・日本語能力・日本の制度やルールへの理解などをより具体的に考慮する方向性が示されています。
本稿では、現行制度を前提にしつつ、今後の改定案の動きも踏まえながら、会社経営者が永住許可を目指すにあたって「収入の安定性」がどのように判断されるのか、実務上の注意点とあわせて解説します。
永住許可における生計要件の法的根拠
永住許可の要件は、出入国管理及び難民認定法第22条に定められています。同条では、素行が善良であること、独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有することなどが求められ、具体的な運用の考え方は、出入国在留管理庁が公表する永住許可に関するガイドラインで示されています。
現行ガイドラインでは、独立生計要件について、日常生活において公共の負担にならず、その有する資産又は技能等から見て、将来において安定した生活が見込まれることが必要とされています。
もっとも、現行の公表ガイドラインは、すべての申請者に共通する具体的な年収額を一律に明記しているわけではありません。そのため、実務上は、申請人本人の収入、世帯構成、扶養家族の有無、資産状況、在留状況などを踏まえて、安定した生活を継続できるかが総合的に判断されます。
一方、令和8年8月に公表されたガイドライン改定案では、独立生計要件について、現在および将来において自活可能と認められる必要があり、日本人と同等水準以上の経済条件が求められることが明記されています。
また、収入については、申請時点で申請者の属する世帯年収が、世帯人数に応じた日本人世帯の平均収入を上回る水準に継続して達しているかを考慮要素とする方向性が示されています。
この改定案は、現時点では確定した最終運用ではありませんが、会社経営者にとっては、役員報酬の金額だけでなく、世帯全体の収入、扶養親族の人数、年金加入状況、将来の生活資金まで含めて準備する重要性が高まっているといえます。
給与所得者の場合は、課税証明書、納税証明書、源泉徴収票などを通じて収入の継続性を示しやすい一方、会社経営者の場合は、そこからさらに一段深い確認が行われる点に注意が必要です。
加えて、扶養家族が多い場合には、同じ年収額であっても世帯全体の生活安定性に対する評価が変わることがあります。改定案では、外国に住む扶養親族を含めて、申請者が扶養する親族がいる場合には世帯人数に加算する方向性も示されています。
単に本人の収入額だけを見るのではなく、家族全体として公共の負担にならず、将来も安定した生活を営めるかという観点から確認されると考えておく必要があります。
会社経営者の場合、何が審査されるのか
給与所得者であれば、勤務先から支給される給与の推移を確認すれば足りる場面が多いですが、会社経営者、特に自身が代表者を務める法人から役員報酬を受け取っている場合、審査官は複数の観点から総合的に判断します。
個人の申告内容と法人の決算内容に矛盾がないかという点も、あわせて確認される重要なポイントです。
役員報酬そのものの推移
まず基本となるのは、経営者本人が受け取っている役員報酬の金額と、その継続性です。
直近数年分の課税証明書や住民税決定通知書などから、世帯構成や扶養状況に照らして、安定した生活を維持できる収入水準が継続しているかが確認されます。
今後、改定案どおりの考え方が導入される場合には、単に「一定額以上の年収があるか」だけでなく、世帯人数に応じた日本人世帯の平均収入を上回る水準に継続して達しているかという観点が、より明確に意識される可能性があります。
役員報酬が年度によって大きく上下している場合、その理由について合理的な説明が求められることがあります。たとえば、創業初期は報酬を低く抑え、事業が軌道に乗るにつれて段階的に引き上げているようなケースでは、その経緯を示す資料を用意しておくと安心です。
また、役員報酬を一時的に高く設定しているだけでは、安定性の説明としては不十分と見られる可能性があります。金額だけでなく、その報酬を継続して支払える会社の収益力があるかも重要です。
法人の決算状況
会社経営者の場合、個人の役員報酬だけでなく、法人自体の経営が健全であるかも重要な判断材料になります。
直近数期分の決算書(貸借対照表・損益計算書)を提出し、売上や利益の推移、債務超過の有無などが確認されるケースが一般的です。
仮に役員報酬の金額自体は十分であっても、法人が継続的な赤字決算であったり、債務超過に陥っていたりする場合には、「将来にわたって安定した生計を維持できるか」という観点から慎重に審査される傾向があります。
特に、役員報酬を高めに設定した結果として法人側が赤字になっているようなケースは、実質的な収入の安定性という観点で疑問を持たれやすいため注意が必要です。
会社経営者の場合、法人の利益を圧縮してでも役員報酬を高く見せるのではなく、法人の収益力と個人の役員報酬のバランスを合理的に説明できることが重要です。
納税・社会保険料の履行状況
法人税、消費税、住民税等の納税状況に加え、厚生年金や健康保険といった社会保険料の適正な加入・納付状況も確認対象となります。
永住許可のガイドラインでは、公的義務として、納税、公的年金および公的医療保険の保険料の納付、出入国管理及び難民認定法に定める届出等の義務を適正に履行していることが示されています。
改定案でも、公租公課について、申請時点で未納がない場合であっても、過去に滞納処分を受けたことがあるなど、過去に適切に支払っていない状況が認められる場合には、原則として消極的に評価する方向性が示されています。
そのため、経営者自身が加入すべき社会保険に未加入であったり、法人または個人に税金・社会保険料の未納や納付遅れがあったりする場合は、生計要件だけでなく、公的義務の履行状況の観点からも消極的に評価される可能性があります。
近年は、公的義務の履行状況が特に重視される傾向にあります。納税証明書、社会保険料の領収証書、納付記録などは、日頃から整理して保管しておくことをお勧めします。
年金加入状況と将来の生活資金
今回の改定案で特に注意すべき点のひとつが、将来の年金受給見込額に関する考慮要素です。
改定案では、申請時点の年齢、年金加入状況、年金加入期間、その期間の平均年収、申請時点の年収などから推計される将来の年金受給見込額が、一定の水準に達しているかを考慮する方向性が示されています。
また、将来の年金受給見込額が不足する場合であっても、不足分を補填できる金融資産を有していると認められる場合には、補足的に評価される余地が示されています。
会社経営者の場合、法人として社会保険に適正に加入しているか、代表者本人の年金加入状況に空白がないか、将来の生活資金をどのように説明できるかが、これまで以上に重要になる可能性があります。
特に、役員報酬を低く抑えて社会保険料負担を軽くしてきたようなケースでは、短期的な節税・資金繰りの観点では合理性があっても、永住許可審査における将来の生活安定性の説明では不利に働く可能性があります。
事業の継続性・将来性
単年度の数字だけでなく、事業がどの程度の期間継続しているか、今後も安定的に運営が見込まれるかという視点も加味されます。
設立間もない法人の場合、実績年数が短いことから、より慎重な審査となることがあります。一般的には、法人としての決算を複数期重ね、事業基盤が安定していることを示せると、審査上プラスに働きやすいといえます。
また、取引先との契約状況、継続的な売上見込み、事業計画、資金繰りの状況なども、将来性を説明する補足資料となり得ます。
改定案では、永住許可について、単に日本国の利益に反しないという消極的なものにとどまらず、積極的かつ具体的に日本国に利益をもたらす必要があるという考え方も示されています。
会社経営者の場合には、雇用の創出、納税、取引先との継続的な関係、地域経済への貢献などを、必要に応じて説明できるようにしておくことも検討すべきです。
ケーススタディで考える
たとえば、在留資格「経営・管理」で在留し、貿易業を営む法人の代表者を務める方を想定してみます。
役員報酬は安定して推移し、生計要件の観点から一定の収入水準を示せているものの、直近期の決算が一時的な設備投資により赤字となっていたとします。
このような場合、単に決算書を提出するだけでなく、赤字の原因が一時的な先行投資によるものであり、翌期以降は黒字化が見込まれることを、事業計画書や取引先との契約書などの客観的資料とあわせて説明することが有効です。
今後の改定案を踏まえると、これに加えて、世帯人数に応じた収入水準、扶養親族の有無、年金加入状況、将来の生活資金についても整理しておく必要があります。
逆に、慢性的な赤字が複数期続いているにもかかわらず、特段の説明資料がない場合には、生計要件の充足について厳しい評価を受ける可能性が高くなります。
もう一つの例として、役員報酬を意図的に低く抑え、法人の内部留保を厚くしている経営者の場合を考えてみます。この場合、個人の収入だけを見ると安定した生活を十分に説明しにくいことがあります。
もっとも、法人資産と個人資産は法的には別のものです。そのため、法人の資産状況や配当余力だけをもって直ちに個人の生計が安定していると説明するのではなく、役員報酬の設定方針、今後の報酬見込み、配当の有無、個人の預貯金や不動産などを整理し、個人としての生計維持能力を丁寧に補足することが重要です。
また、年金見込額や将来の生活資金が考慮される方向になれば、単に現在の預貯金残高を示すだけではなく、その資産が将来の生活を支える性質のものとして説明できるかも重要になります。
経営者特有のリスクと実務上の対策
会社経営者が永住許可を目指すうえでは、次のような点に留意した準備が有効です。
第一に、役員報酬は可能な限り一定水準を保ち、大幅な減額を避けることです。経営判断として報酬を調整する場面もあるかと思いますが、永住申請を見据える時期には、報酬の急激な変動を避け、安定した水準を維持することが望ましいといえます。
第二に、法人の決算内容を健全に保つことです。赤字が続く場合には、その原因(先行投資、一時的な特別損失など)を客観的に説明できる資料を整えておくことが重要です。
第三に、納税・社会保険料は期限内に適正に納付し、未納や滞納、納付遅れがある場合は早期に状況を整理しておくことです。単に申請直前に完納するだけでは、納付期限内に履行していなかった事実が消えるわけではないため、日頃から期限内納付を徹底する必要があります。
第四に、年金加入状況と将来の生活資金を確認しておくことです。会社経営者の場合、法人としての社会保険加入、代表者個人の年金加入記録、将来の年金見込額、補填可能な金融資産の有無などを整理しておく必要があります。
第五に、個人資産と法人資産を明確に分離し、代表者個人の資産状況(預貯金、不動産等)についても説明できるようにしておくことです。法人の資産を個人の生活資金と混同して説明すると、かえって不自然に見えることがあるため注意が必要です。
第六に、扶養親族の範囲と世帯収入の整理です。改定案では、外国に住む扶養親族を含めて世帯人数に加算する方向性が示されている一方、就労を目的としない在留資格の家族が資格外活動により得た収入については、世帯年収への合算対象としない方向性も示されています。扶養関係や世帯収入を安易に考えず、資料上どのように説明するかを早めに確認しておくことが大切です。
第七に、永住許可申請を検討し始めた段階で、早めに専門家に相談し、数年先を見据えた準備を進めておくことです。会社経営者の場合、申請直前に資料を整えるだけでは説明が追いつかないケースもあるため、役員報酬、決算、納税、社会保険、年金、個人資産を一体として確認しておく必要があります。
まとめ
会社経営者にとって、永住許可申請における「収入の安定性」の審査は、個人の役員報酬だけでなく、法人の経営状況、納税・社会保険の履行状況、年金加入状況、将来の生活資金まで含めた総合的な評価となります。
令和8年8月に公表された永住許可ガイドライン改定案では、収入や年金などの経済的条件をより具体的に確認する方向性が示されており、会社経営者にとっては、これまで以上に計画的な準備が重要になる可能性があります。
もっとも、改定案はあくまで案であり、最終的な内容や適用時期については、今後の正式な公表内容を確認する必要があります。報道やSNS上の情報だけで判断するのではなく、出入国在留管理庁やe-Govパブリック・コメントなどの一次情報を確認しながら準備を進めることが大切です。
給与所得者以上に準備すべき資料が多く、また経営状況によっては、専門的な観点からの説明や補足資料の準備が必要となる場面も少なくありません。
行政書士事務所シクロでは、経営管理ビザの取得支援から永住許可申請まで、外国人経営者の在留資格に関するご相談を数多くお受けしています。ご自身の会社の決算状況や役員報酬の推移、納税・社会保険・年金の状況について、永住許可申請にどう影響するか不安がある方は、お早めに行政書士事務所シクロまでご相談ください。
関連リンク
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公的機関の参考ページ
- 出入国在留管理庁「永住許可に関するガイドライン(令和8年2月24日改訂)」
- e-Govパブリック・コメント「永住許可に関するガイドライン改定案に係る意見募集について」
- e-Gov法令検索「出入国管理及び難民認定法」
報道の参考ページ


